擬人化から離れて、顔と下顎の分化が見られる。牙と爪の鋭さが細かく描かれており、この動物の強さを強調しているようだ。たてがみが風に勢いよくなびいている様なのか、始点からスピードがあり筆が止まることなく筆を払っている。王者の強さと陽平さんの未知の緊張感が共創しているようだ。耳が大きく内耳も描かれるなど解剖的なところは、より写実性に近く、王者への関心度の高さが伺える。
身体やしっぽが後付けに思われるが、獲物に襲いかかる瞬間を描いている事がわかる。後ろ脚については、二本足で身体を支えるだけのバランスをとるための接地面が広くとられている事から、ライオンの脚力や身体バランスの必要性を理解しているといえる。
目の前のものを正確に写しとるというわけではなく、陽平さんのイメージや思いを通して頭の中で整理し構成を組み立てている様子がうかがえる。生活の中で、驚いたり、感動したり、発見したり、体感したことをメッセージとして絵に託しているようである。「ライオン」という名詞だけではなく、躍動感を映す動詞が生まれた絵であることは、日常の生活動作が感覚として目覚め、充実してきているのではないか。睡眠障害のもつ陽平さんが、「眠い」という感覚よりも、目まぐるしく感情と向き合っている姿が伺える。
Creduonの動物シリーズが描かれたのは、小·中学校の頃。この頃は、睡眠障害·パニック·強い偏食といった困難によって生活に支障を来していた時期であったと聞きます。感覚刺激への反応に偏りがあり、沢山の刺激に混乱していたものと考えられます。音に敏感だった為にイヤーマフを装着したり、まぶしい光が苦手だったために遮光カーテンを部屋につけたり。親御さん含め、学校の先生たちもハラハラし通しだったことが窺えます。1日が忙しくあっという間に過ぎる中、困難の中でも毎日毎日絵を描き続ける陽平さんの姿がありました。いつでもどんな時でも描き続ける継続力や、描く動物への観察力の鋭さ。お母さんは陽平さんには点数に出来ない生きる力を沢山もっていることに気がつきました。
経験や体験したことを絵に記録することによって、動物の認識を定着させたり、創造の世界を豊かにして、陽平さんの世界観が出来始めている頃と想像します。毎日絵を描く事で、視覚と手の協調性が促され、手先の巧緻性が高くなったものと考えます。陽平さんの描く線にはムラがなく、心のあるがままをそのまま自由に線を走らせているのがわかります。おそらくお母さんが絵に取り組みやすい環境を整えたことや、生活スキルの訓練とは別に陽平さんの絵画意欲を高める時間をつくったことも功をやつしたのではないでしょうか。なによりも、困難な生活の中でも楽しそうに絵を描く陽平さんを見ているのが、お母さんは一番楽しかったのかもしれません。天使、怪獣、天才···沢山の言葉がお母さんの中にも生まれた事でしょう。
絵を描きながら成長する中で、純度の高い好奇心が鋭い観察力を生みました。絵画を介しての創造的思考へと変化したことが想像されます。自分の中のイメージをまとめたり、芸術性を育てたり、心の中の叡智を育てているように見えます。また、動物の顔をかわいらしく擬人化することによって、情動的な関係をもとうとしているようです。陽平さんなりの自我の目覚めとともに、自然や生き物に興味を抱いたり、喜怒哀楽といった感情も抱いたのではないでしょうか。
拒否の言葉を覚えだしたのも、この頃でした。
発達分野の作業療法士 安河内美樹 / 言語聴覚士・准看護師 大橋恵子