Vol.160キャリア教育を考える③

2019.09

 前回に引き続き、今回も東京都が行っている都立高校生の社会的・職業的自立支援教育プログラムにおいて、どのような教育プログラムがあるのかについての概要をご紹介します。
100以上あるプログラムは、いずれも素晴らしい内容のものですが、前回はA~D団体を紹介しました。今回は、E団体から紹介します。

【E団体・F団体 社会問題について弁護士と考える】

 現役の弁護士が講師をするプログラムもいくつかある。
そのうち2つを紹介する。

 E団体は、各教室に現役の弁護士が2名ずつ入り、前半は講義、後半は話し合いと発表である。講義テーマは「表現の自由と報道規制」、「知る権利」などさまざまであるが、世の中の事象に関しては、唯一の最適解があるわけではなく、さまざまな解の可能性がある中での、一つの解として現在の法律が構成されていることが理解できる内容となっている。
 この講義で考えたことを受けて、後半では、「模擬国会」と称して少人数でのディスカッションのあとに、クラス全体の法律をクラス全員で決める投票を行う。
 少人数でのディスカッションのテーマは、「どのような情報の公開を規制するべきか」、「ペナルティは必要か」、「例外を認める必要はあるか」などについて話しあう。
 F団体は各クラスに1名の弁護士が入り、NHKの「昔話法廷」を見せ、質疑応答やディスカッションをする。「昔話法廷」は、以下に述べる様々な昔話をベースにした実写型の裁判員裁判のストーリーを間接体験するもの。
 使われている物語は、ブレーメンの音楽隊、赤ずきん、猿かに合戦、かちかち山、アリとキリギリス、白雪姫、舌切り雀、などである。こうした身近な題材をアレンジしたストーリーに基づき、裁判員の観点から多面的多角的にみるという点が中高生に対しても思考を促すものとなっていると言えよう。

【G団体 人生シミュレーション】

 4人1組のグループ活動が中心である。
 生徒が各種カードを引きながらゲーム形式で進行する。人生を年代ごとに区切り、役割と暮らし方、ハプニングなどへの対応を考え、必要な社会的支援を選択する。「人生はさまざまであり、多様なことが起こる」「困った時は相談する」「進路を考える際に自分が何を大切にしたいか知っておく」といったことが、本プログラムのねらいである。
 教材をうまく活用し、生徒たちが自分たちで主体的に取り組めるように工夫されている点、現代の社会情勢を反映した選択肢が用意され現実的である点、実際の相談機関などが明示されていて具体的な日常生活にも活用できそうな点、ワークシートを使ってふりかえり経験を気づきや学びに転換し生きる力としての定着を目指そうとする点などが評価できる。 よく練られたプログラムであり、講師2名体制での進行、事前・事後の講師・コーディネーターの打合せなど運営体制も充実している。

【H団体 国際貢献経験者の人生ストーリーに触れる】

 海外で国際貢献活動を行ってきた人々が、各教室に 1人ずつ入り,各自の人生を振り返り、自分の生きてきた筋道や分岐点,点と点の偶然の結びつきなどについて語る、という講義部分と,ある人物のライフイベント(高校を中退する,自動車修理工になる,ガテマラに行く,などなど)のカードを,その人の人生を時系列的に想像し,グループごとに時系列で並べるグループ・ワークをした。
 様々なライフコースを考えつつ,自分のライフコースについて,生徒たちに考えさせるプログラムである。
 この活動の性格を考えたとき、その講師の人間そのものが持つ精神性、人間性、誠実さなどが、もっとも大切な要素なのであると感じられる。 特にグループワークを活性化させるようなワークに力をいれなくても、講師の人生を語る誠実な口調に聞き入り、自分のことと重ね合わせて人生を考えるのも学びとして大きい。
 近年、座学に対する評価があまりなされないが、人の人生の深みを知る際には、このような、静かな時間も大切であると感じる。

【実施団体自身の自己評価と、受け入れ側の教員からの評価の例】

 私たちは、毎年いくつかの学校と団体を対象に、プログラム実施に関する意見や感想をアンケートで集めてきました。
 たとえば同じプログラムに対して、実施団体側からの視点と、受け入れ校側の視点を比較できるように、上記の団体Hに関して団体側の感想と教員側の感想を紹介する。

[団体側の感想]

・最初のクラスはおとなしい感じだったが、グループになったとき自然と発話し、意見交換できていたのがよかった。2回目のクラスは最初から声が出ていた。グループで積極的な意見が出ていたのでその後もクラス内で 声を出して発表につなげられたらもっとよかったと思った。
・多くの生徒が真剣に話を聞いてくれ、とてもやりやすかったです。アイスブレークの工夫や後半も参加型にするなどすれば、さらに集中してプログラムに参加してもらえると思った。
・クラス内で温度差があったように感じました。すでに進路を決めている人が多かったので、高校1~2年の時 に受けた方がより効果的なのではないかと感じました。ありがとうございました。
・生徒は素直です。シャイな子が多く感じました。先生の協力があり、進行しやすかったです。
・生徒たちは非常に素直で、ワークショップにも積極的に取り組んでいました。同様の趣旨の学びを続けることによって、彼らの感性が深まると確信します。

[教員側の感想]

・生徒たちがいつも以上に課題解決する姿を見ることができた。
・人生カードを並べるプログラムは予想以上に生徒が活発に推理しあっていてよかった。
・進路活動の最中にある生徒たちにとって、どういうことをきっかけにして、物事を判断・決定していくべきか考えるいい機会になった。
・グループでの活動は楽しそうにやっていたので、生徒が行う活動がより増えるといいのかなと思いました。
・もう少し国際貢献での体験等を伝えてほしかった。
・団体に入ろう(行こう)とした「きっかけ」を知ることができたので、それに加えて海外での団体の活動を通じて得たものや体験談等をもっと聞きたかった。
・より生徒のレベルと一致しているとは言えない。生徒や学校の状況に合わせた活動をお願いしたい。

 こうした、さまざまな団体と学校が出あう中で、学校の教員にとっても、よりよい生徒指導につながる機会になるであろうし、団体側としても、実際に学校で生徒たちに、思いを伝えることができるため、毎年都立高校側のプログラム継続希望率は、98%程度の、非常に高い値となっていることは特筆に値するだろう。

以上

東京学芸大学教育心理学講座教授
東京学芸大学附属大泉小学校校長
杉森 伸吉
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