Vol.176放課後の歴史・現在・未来①
放課後の歴史

 放課後とは、子どもたちにとってどのような時間なのでしょうか。それは時代とともに変遷してきました。そもそも、「放課後」とは、「放課(学校でその日の課業が終わること)」の「後」という言葉ですので、それは明治時代以降の近代学校教育制度の成立によって登場した概念です。
 もともと、昭和初期ごろまでは、子どもたちは生産労働の担い手としての役割を背負わされ、放課後は家業の手伝いをする子どもたちが多く存在していました。子どもたちは、そうした家業手伝いの合間をぬって地域の仲間集団と遊んでいたのです。この時代は、地域の人間関係が強固で、放課後は地域の子育て文化や子どもたちの仲間集団の自治に任されていました。

 そうした状況が大きく変わり、「子どもの放課後」が社会問題としてクローズアップされるようになるのが1960年代ごろからです。高度経済成長に伴い多くの人々の労働のあり方が変わり、子どもたちは労働の担い手としてではなく、自由に活動できる時間を多く手にすることができるようになりました。
 その一方で都市化、核家族化の進行、共働き家庭の増加等は、地域の人々のつながり(共同体)を消失させ、「カギッ子(自宅の鍵を持ち親が仕事から帰るまで家の中で孤立して時間を過ごす子ども)」問題や、子どもの遊び場の問題が指摘されるようになります。
また、マスメディアの普及や物質的な豊かさの到来も相まって地域社会の規範や伝統的な価値観から自由になり、自由奔放に振る舞う子どもたちが「現代っ子」などと呼ばれ、青少年の健全育成問題も叫ばれるようにもなりました。

 その後1970年代ごろになると、学習塾や習い事が子どもの放課後の過ごし方として一般化するようになります。急速に発展していく社会の中で、学歴信仰の風潮や親の教育熱の高まりが背景にはありました。子どもの放課後に関連する政策が現れ始めたのもこの頃からです。
 文部科学省の「留守家庭健全育成補助事業(1966)」、厚生労働省の「都市児童健全育成事業(1976)」、といったように、日本における放課後関連の政策は、文部科学省による教育政策と、厚生労働省による福祉政策とがそれぞれに進められる形で始まり、今日まで発展してきました。
 1980年代以降は、科学技術の発展に伴う形で子どもの放課後生活がまた大きな変容を遂げることになります。1983年の「ファミリーコンピュータ」や1989年の「ゲームボーイ」の爆発的ヒットから始まる家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機の急速な普及は、外遊びの減少や遊びの小集団化をもたらしました。
 また、1990年代半ばごろからパソコンの普及とともに急速に浸透したインターネットは、2000年ごろから携帯電話においても使用可能になり、メールやチャットといったバーチャルなコミュニケーションのありようが特に中高生年代において急速に広まっていきました。
 その後、「iPhone」に象徴されるスマートフォンの登場は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及をもたらしました。「LINE」「Twitter」「YouTube」「Instagram」といったSNSはこどもたちの間にも浸透し、多くの子どもたちが放課後の時間にこれらのSNSを使用しています。

 こうした変遷をたどりながら今日に至る日本の子どもの放課後の特徴を考えるとすれば、「管理化」「市場化」「教育化」「バーチャル化」といったキーワードを挙げることができます。次回は、これらの現代的特徴についてみていきたいと思います。

東京学芸大学
パッケージ型支援プロジェクト
特命助教 田嶌 大樹
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