Vol.165水辺に生きる②
「回遊魚の一生を探る」

2019.11

 第1回は、水辺のライフワークをエッセイでご紹介しました。
第2回は、回遊魚の一生を紐解く生態研究の一端をご紹介したいと思います。

 私は、川と海を行き来する“回遊魚”を対象に、その魚の生活史(一生)と生息環境を明らかにする研究を行っています。中でも、日本では北海道にしか生息していない絶滅危惧種イトウの生態解明と保全がテーマです。
 イトウは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにおいて、絶滅の危険性が最も高いランクに指定され、すぐに保全に向けて歩みを進める必要がある種。写真は、婚姻色で真っ赤に染まったオスのイトウです。

 魚の頭部には、平衡感覚や聴覚の機能を持つ「耳石(じせき)」と呼ばれる米粒くらい(魚種により1mm~1cm程度)の炭酸カルシウムでできた硬組織があります。
 この耳石は、木の年輪のような構造を持っているため年齢が推定できるほか、周りの環境水から取り込まれた微量元素が保存されるため、「履歴書」としての性質を持ち合わせています。ストロンチウム(Sr)という元素は淡水よりも海水の方が100倍以上濃度が高いことから、耳石のSr濃度を測定することでその魚の生息履歴がわかります。
 つまり、耳石のSr濃度が低いときは川に、高いときは海にいると推定でき、これを年齢と組み合わせることで、何歳までは川に生息し何歳から海に下ったのかなど、個体ごとの回遊履歴が推定できるのです(図参照)。

 この分析を行い、“幻の淡水魚”と言われていたイトウが、実は海に下っていること、川と海を行き来していることなどが明らかになりました。  また、海に下る年齢や海で過ごしている期間は個体ごとに異なり、多様な回遊パターンを持っていることがわかりました(Suzuki et al. 2011; 鈴木ほか 2018)。イトウがその一生を送るためには、川の上流から海までが連続していること(ダムや堰などで川が分断されていないこと)、また成長に応じて様々な生息場所があることが不可欠なのです。

 このような回遊生態の研究の他に、食性(どんな餌を食べているのか)や成長(どのように成長するのか)、生態系の構造(他の生物とともにどのように暮らしているのか)など、フィールドワークと分析科学を組み合わせ、「イトウの一生」を様々な角度から研究し、保全活動までつなげます。

 回遊魚は、季節や成長に応じ生息場所を移動します。それぞれに適した場所、移動する理由があり、自分の状態や周囲の環境などを考慮しながら生きています。
 そんな回遊魚(広く“動物”)が「自分に適した場所」、「生きやすい環境」を“選択”できるように、微力ながら、でも確実に“私にもできること”があるのだと思います。

 次回は、私が携わっている教育活動として、「水辺の学びデザインプロジェクト WaSIT」の活動をご紹介します。

東京学芸大学環境教育研究センター 専門研究員
教育学部非常勤講師
鈴木 享子
 
[参考文献]
Suzuki K, Yoshitomi T, Kawaguchi Y, Ichimura M, Edo K, Otake T (2011) Migration history of Sakhalin taimen Hucho perryi captured in the Sea of Okhotsk, northern Japan, using otolith Sr:Ca ratios. Fisheries Science 77 (3): 313-320.
鈴木享子,川原満,藤本信治,河口洋一,清水泰,永井英俊,吉冨友恭,江戸謙顕,山川卓,大竹二雄(2018)北海道北部に生息するイトウの成長特性と回遊パターン.2018年度水産海洋学会研究発表大会 講演要旨集: 82.
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